うしごや ~さとり男子の考察牧場~

現実世界でのストレスを糧に、好き放題白黒ハッキリした映画レビューをしていきます(笑)感想&妄想寄りの考察(゜-゜)?他雑記!

おもちゃの幸せ?ウッディとフォーキーの対比【トイ・ストーリー4】4DX感想&考察レビュー!

トイストーリー4

 出典:https://eiga.com/movie/81349/gallery/

 

こんばんは、小さな頃から大切にしていたぬいぐるみを今でもベッドの傍らに置いているうしぞうです!

 

あなたはまだ本当の「トイ・ストーリー」を知らない。

 

世界でも話題の『トイ・ストーリー4』、賛否両論ですね!日本でも先行試写会の時点で物議を醸していました。この中々強気な一文が今作のキャッピコピーです。

 

否定される理由は、シリーズを通して共通だったある設定がブレてしまったからです。

 

その結末をどう捉えるかが評価の大きな分かれ道となりますが、昔からおもちゃが大好きだったうしぞう的には・・・?

 

あらすじ

 

アンディからボニーへと渡ったバズ・ライトイヤーらおもちゃたちは、相変わらず楽しい毎日を過ごしていたが、ウッディは遊ばれる頻度が少なくなり悲しさを覚えていた。

 

ボニーは内気で幼稚園に馴染むことができなかったが、それを見かねたウッディの助けもあって手作りおもちゃフォーキーを工作する。

 

フォーキーを気に入って明るくなるボニーだったが、フォーキーには自分がおもちゃである認識がなく、自身をただの『ゴミ』だと思っていた。

 

おもちゃの自覚がなかったフォーキーはボニーの元から逃げ出してしまい、ウッディは彼の跡を追うこととなる。

 

しかしその先で、離ればなれになっていたかつての恋人ボー・ピープと再会してしまい・・・?

トイ・ストーリーシリーズ概要

 

皆さんご存知であろうトイ・ストーリーシリーズの第一作は1995年に公開されました。

続編である『2』を経て『トイ・ストーリー3』の公開は2010年です。

 

ピクサーの長編作品としては二十年以上の歴史をもったビッグタイトルですね!

 

自分の意思があり、自由に動くことができるおもちゃたちが、様々なトラブルに巻き込まれながらも、彼らの小さな目線で奮闘していくアドベンチャー作品です。

 

作品の主人公はカウボーイ人形のウッディですが、バズやジェシーなど魅力的なおもちゃの仲間たちが多数存在し、持ち主はアンディという少年でした。

 

シリーズのナンバリングと時間経過は比例しており、1では少年だったアンディも、3では大学生の青年となっています。

 

そして大人になったアンディは3の終盤で、ウッディら自分のおもちゃたちをボニーという少女へ譲り渡します。今回の4はその後の物語を描いた作品です。

 

ポイント

トイ・ストーリーシリーズは既に完結と言える結末を迎えていた

あなたはおもちゃが好き?

 

で?面白かったの?

 

まず『トイ・ストーリー4』としては、シリーズの歴代作品と比較しても遜色のない仕上がりで、子供から大人までしっかりと楽しめる冒険活劇でした。

 

  • 4の結末だけを見るか、4をトイ・ストーリーシリーズ全体の結末として見るか
  • トイ・ストーリーシリーズに求めているものは何
  • この物語は誰の話で、誰目線のストーリーなのか

 

そのうえで鑑賞者の賛否両論を分けるのは以上の要素です。ちなみに今回は4DX3D版での鑑賞でしたが、それについては文句なしの満点でした!

 

元々が人間からすれば些細な動きであっても、おもちゃの世界という小さなスケールでは、彼らにとってはたとえ道路を渡るだけにしても相当なアクションです。

 

映画館のスクリーンで、おもちゃたちと同じ目線で繰り広げられる世界は、4DXの動きによってまるで自分がおもちゃになったかのように錯覚してしまうほどでしたね(^^)

 

作品評価: 
4DX評価: 

 

それでは賛否両論されている『否』の部分を、私の独断と偏見で徹底的に否定していきます(笑)以下、ネタバ注意!!!

 

素直に面白かったって言えよ。

 

おもちゃにとっての幸せとは?

遊園地

本来おもちゃが『おもちゃ』として幸せを感じるのは、当然持ち主に遊んでもらっているときです。

 

自分を買ってくれた、または買い与えられたり譲り受けていたとしても、自分に愛着を持って楽しく遊んでくれる・・・

 

これこそがおもちゃの存在意義であり、意思のあるおもちゃの生き甲斐とも言えます。

しかしもしおもちゃとして大切にされなかったら?

 

子供に壊されたりなくされたりして、おもちゃとしての存在意義を失ってしまったら?

 

おもちゃにとって幸せを感じることが不可能になってしまい、それはもう悲しいことにおもちゃではなくゴミ同然とも言えます。

必要なおもちゃ、必要のないおもちゃ

 

ボニーは手作りおもちゃのフォーキーを作成しますが、彼の材料はゴミ箱から拾われた先割れスプーンやモールなどのゴミです。

 

そのせいでフォーキーは自身を『ゴミ』と認識していて、中々おもちゃの気持ちになることができませんでした。しかしフォーキーのおかげでボニーには笑顔が戻ります。

 

『おもちゃ』の定義自体が曖昧ですが、少なくともボニーにとってフォーキーは、ゴミから作られていようとも自分を笑顔にして楽しませてくれる存在のおもちゃです。

 

つまりフォーキーは、必要とされないゴミから作られた、必要なおもちゃです。

 

対照的に、女の子であるボニーにとって少年心をくすぐるようなカウボーイ人形のウッディはあまり魅力的ではありません。

 

ウッディ自身は年代物で価値のあるおもちゃなのですが、それはボニーの笑顔にとっては全く関係ありません。

 

残念ですがウッディは、必要とされるおもちゃであるはずが、ボニーにとっては不要なゴミ同然となってしまいます。

 

子供によっておもちゃの価値は違うよね・・・

 

持ち主への執着

 

ウッディはとにかく、自分の持ち主に対して忠実なおもちゃであろうとしています。

 

自身の存在意義は持ち主を笑顔にするためと自負しているからこそ、自分の身を削ってまで逃げ出したフォーキーを追いました。

 

埃をかぶろうが踏みつけられようが自分の扱いなどもうどうでもよく、持ち主であるボニーのために必要とされているフォーキーを探します。

 

ウッディはボニーのために行動をしていて、実際にボニーの笑顔には繋がるのですが、本当は自分自身の存在意義を見つけるための、自分のための行動とも言えます。

 

しかし持ち主のためにここまで自己犠牲の精神を貫けるのは、ウッディ自身が元の持ち主であるアンディに特別扱いされていたからです。

 

自分を好きでいてくれる人のために期待に応えようとするのは当然のことですよね?

 

もしもウッディがそれほど大切にされていなかったとしたら、ここまで持ち主のために必死に頑張ろうと思う気持ちさえなかったと思います。

 

3までのウッディはおもちゃとしての責任感、使命感が非常に強く、どんなことがあっても持ち主の元へ戻り、持ち主のためのおもちゃであろうとしていました。

 

合わせて読みたい

今回の結末

 

  • ウッディはかつての恋人ボーと再会する
  • 子供部屋から出て外の世界を見て回った
  • おもちゃとして必要とされなくなった

 

今作のラストではこの三つの理由を起点として、ウッディは今までの持ち主に尽くすという生き方を改め、自分自身のために外の世界で自由に生きる選択をしました。

 

これこそがシリーズファンから非難される大きな原因となっていますね。

 

3で綺麗に完結していたシリーズに、ウッディの軸をブレさせてまで無理やり4を付け足した。

 

ような印象を受けた方も多かったみたいです。しかし個人的には、おもちゃにとっての幸せを願うのならば『トイ・ストーリー4』という作品を認めざるを得ません

 

この物語はウッディのもの

 

トイ・ストーリー1と2の時点では、まだ少年時代のアンディの元で巻き起こる小さな事件をおもちゃたちが協力して解決していく内容です。

 

そのため実はおもちゃには意思があり、見えないところでのおもちゃたちの活躍を描く『トイ・ストーリー』という作品ならばこの二つで十分なのです。

 

でも3では持ち主であるアンディの成長を描いてしまったため、必然的におもちゃたちの話というよりはアンディの話となってしまいました。

 

そしておもちゃの持ち主であるアンディが成長し、別の子供におもちゃを譲ってしまうまでを三作品としたアンディのストーリーは確かに綺麗に終結しました。

 

しかし物語の主人公であるウッディ自身のストーリーには終わりがありません

 

3では持ち主が大人になればおもちゃは次の世代へと受け継がれるという結末でしたが、そこに終わりはありませんよね?未来永劫続きます。

 

ウッディのその後は鑑賞者の想像に任せるという手もありましたが、それならばそもそも『いつまでもアンディ少年の元で楽しく暮らすおもちゃたち』として2までで締めくくっていればよく、アンディの成長を描いた3自体が必要なくなってしまいます。

 

また、ウッディにここまで人間らしい心を与えてしまったことに対しての責任が取れていません。おもちゃを人間らしくさせ過ぎちゃったのが良くなかったかも・・・

 

持ち主が満足していようとも、見ている側からすると人間らしいのに常に仕える存在がいて、不自由に囚われているウッディにはいささか心苦しい感情もありました。

 

3を作ってしまった以上、4でウッディ自身の終わりを描かなければシリーズとしては未完のままだったと思います。

 

ウッディだけが不憫だもんな。

 

形あるものはいつか壊れる

 

こうして『持ち主』や『子供部屋』という狭い世界から抜け出し、外の世界での自由を手に入れたウッディでした。

 

そのおかげで、ウッディとしての物語の終わりも明確になりました。

しかし中盤、陶器製であるボーの腕が折れてしまうという事故が発生します。

 

折れると言っても人間とは違い陶器であるため、半ば切断されたようなものです。

これはウッディ自身や他のおもちゃたちの明確な終わりも表しています。

 

どんなに感情豊かで人間に近いおもちゃだったとしても、所詮はおもちゃです。

いつかは必ず劣化し、壊れ、『ゴミ』となってしまいます。

 

人間にだっていつかは必ず死が訪れます。

それまで自由に人生を謳歌しようとする気持ちは、決して間違っていないと思います。

 

これこそが、あまりに人間らしく描いてしまったウッディへ取った製作者側の責任だったのだと思います。

 

そしてボー自身は自分の腕が取れようと全く動じずテープで修復してました(笑)

 

自分がいつかは壊れる(死ぬ)存在だということを自覚したうえで、精一杯自由を楽しむ、まるで一人の人間の女性のようでしたね。

 

外の世界という危険な舞台に飛び出した結末であるため、さらなる続編を作ることも案は出せそうですが、おもちゃとしての最期を迎えることも示唆されていました。

まとめ

おもちゃ

『トイ・ストーリー』は1と2で『アンディのストーリー』は3までです。

 

そして今作『トイ・ストーリー4』は、主人公であるウッディ自身の物語を終えるためには必要不可欠だったと思います。

 

確かに4だけを今までのシリーズと比較してしまうと違和感はありました。

しかし全てのシリーズの繋がりを考慮すると・・・この結末には涙します。

 

そもそも現代の子供たちにはゲームやスマホなどが充実しており、フィギュアや人形などのおもちゃで遊ぶという機会が少ないです。

 

今回の舞台もアンティークショップであり、悲しい現実ですが現代においてのおもちゃに対する需要を考えると、自然と納得してしまう物語でもありました。

 

必要とされないのだったらもう人のためでなく、自分のためにボーと二人で余生を謳歌してほしい。

 

これがおもちゃで遊ぶことが大好きだった私なりの答えです(^^)

実際に今の私はもうおもちゃを必要としていません・・・ウッディの幸せを願います!

 

トイ・ストーリーシリーズとして、童心を取り戻せる素晴らしい物語の結末としては最高だったと思います!

 

最後はウッディが楽しむ番!ありがとうございました!

 

うしごやよろしく!